『月刊美術』1997年1月号掲載

えと

籔内佐斗司(彫刻家)

 年もあらたまり、平成9年の始まりです。
 年の初めにちなみまして、今回は「えと」のうんちく話です。

 えとは「干支」と書きますが、これは「十干十二支」を略したいいかたです。「え」は「兄」を意味し、「陽の気」を、「と」は「弟」を意味し「陰の気」を表わし、「阿・吽」と同じような意味を持っています。

 そのむかし、唐の制度を移入して国家経営をしようとした律令時代には、さまざまな占いをもとに、「政事(まつりごと)」の日取りや吉凶を予知する、今でいえば総理府と気象庁をあわせたような「陰陽寮」という役所がありました。そこには「暦博士(こよみのはかせ)」という役人がおり陰陽五行説と天体の運行をもとに暦を作っていました。「聖」と書いて「ひじり」と読みますが、その語源は「日知り」であったそうで、当時暦を作ることは最高の知的作業であったことが窺えます。
 その後、律令制の崩壊とともに陰陽寮の知識は民間に流れ、仏教や神道や修験道と接触しながら「陰陽道(おんようどう、おんみょうどう)」といわれる学問体系として伝えられてきました。
 手相、人相、家相、姓名判断などの根拠ともなり、今はやりの風水の思想も含まれています。
  さて五行思想に基づく世界の構成要素である「木・火・土・金・水」をそれぞれ「陽」と「陰」の性格に分けたものを「十干(じっかん)」(甲乙丙丁戌己庚辛壬癸)といいます。(十二支表参照)古代の中国では月の満ち欠けに要する30日を1ヶ月とし、それを三等分した10日を「旬」としてこれに「十干」をあてはめていたようです。ちょうどキリスト紀源の今の暦が7日を「週」とし「曜日」を設定しているのと同じです。


月読童女と天道童子

 また十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)のうちひとつおきに「子・寅・辰・午・申・戌」は「陽」に、「丑・卯・巳・未・酉・亥」は「陰」に分類し、「十干」と組み合わせることによって十と十二の最小公倍数である六十通りの「干支」ができあがります。そして「木(き」」を「陽(兄)」と「陰(弟)」に分けると「木の兄(きのえ)=申」「木の弟(きのと)=乙」となります。こうすると「甲子」を「きのえ・ね」などという不思議な読み方も理解できます。ちなみに、本年は「丁丑(ひのと・うし)」で「火の弟・丑」すなわち「陰性の火の丑」になります。

 十二という数字は、十進法が中心の暮らしからはもうひとつぴんとこない数字ですが、むかしから世界中で用いられてきました。そのもとになっているのは、月の運行を基準とする「太陰暦」でしょう。「太陽暦」で暮らしていると、1月、2月の「月」が無意味になりますが、太陰暦では月の満ち欠けを12回繰り返すと季節がほぼ一巡しますから、「十二」という数はとても重要であったのです。
 1年を365日に統一した暦がなかった頃は、月の満ち欠けを数えることと、太陽の中点の高さを知ることで、1年のなかでの「今日」を特定していたのでした。  明治になるまで用いられた「旧暦」は、月の運行と太陽の恒転周期とのずれを「閨月」を設けることで調整していたようです。一見複雑に思えるこの暦も、月と季節の整合性の面で東アジアの農事暦として用いるには、西洋起源の太陽暦より適していたと聞きます。

  

 十二という数字にかこまれた仏像というと、薬師如来を思い出します。
 仏教がもたらされてまだ日も浅い奈良時代のひとびとにとって最大の恐怖と苦しみは病でした。そこでそれに対する救済の功徳をもたらす薬師如来を祭った大寺院がいくつも建立されました。今日も医療機関の建設が社会的にきわめて重要な事業であるのとなんら変わりはありません。奈良の薬師寺や新薬師寺のすばらしい諸仏が当時のひとびとの薬師信仰の強さを十二分に伝えています。
 仏教の教典では、さまざまな如来を釈迦のような実在した人物であるかのように描いています。薬師如来も、インドの王子として生まれながら衆生救済のために出家し、十二の大誓願を立てて苦行をします。そして、その誓願をみごとに成就して仏界の東方に浄瑠璃国を建設しました。
 仏教は日本にもたらされた頃にはとても穏やかで完成された宗教でしたが、発祥の地であるインドではさまざまな神々を調伏帰順させながら勢力を伸ばしていった歴史があります。ですから経典に描かれた仏たちは大願成就を妨げようとする仏敵や悪魔に対する強力な戦闘集団を持っています。薬師本願経にはインドの十二の荒ぶる神々がおのおの七千の眷属を従えて薬師如来の説法を聞き仏教に帰依したとあります。かれらは十二神将といい薬師如来の分身として甲冑に身を固めて昼夜十二時、四季十二ヶ月絶えず衆生を護持し給うと説かれています。


薬師如来(イラスト)

 
十二支の動物たちは古代インドの宇宙観に由来します。それに触れた「大集経」には、「閻浮堤(えんぶだい)の南方海中には瑠璃山があり、その山にある三つの洞窟には蛇・馬・羊が住んでいる。(中略)東方海中には金山があり、なかには三つの洞窟があって獅子・兔・龍が住んでいる。この十二の獣たちは閻浮堤内で交代でつねに行動している。」とあります。十二種類の動物がうろついているという「閻浮堤」とは、人間界のことだそうです。なるほど、私のまわりの人物たちの印象は、その人の「えと」の動物と不思議に一致しています。みなさんのまわりではどうでしょうか。

 


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