『月刊美術』1999年7月号掲載

エトワール便り・そのニ

籔内佐斗司(彫刻家)

 5月11日からパリの三越エトワールで、「籔内佐斗司の世界・色心不二」展が始まりました。それにさきがけ、5月4日から5日にかけてプロデューサーの大澤啓造氏、照明の藤本晴美氏、ブロンズ管理の国沢徹氏や日通美術品部のほか会場設営のスタッフが相次いで現地入りしました。三越からは清水保文化企画部マネージャー、内村宏美術部マネージャーが東京から到着しました。今までの展示ではコンテナトラック一台ですべての搬入が間に合ったそうですが、今回は四台が横付けし、現地スタッフの度肝を抜いたということでした。このことを初めとして「色心不二」展は、何から何まで前例を破る大騒ぎとなりました。

 設営を前に会場を回ると、東京で図面上に落とし込んでいた台座が各部屋に納まりきらないことが判明しました。なにしろ作品のタイトル数だけで120点近くあります。そこで展示計画を大きく変更することになりました。しかし3フロア12部屋にすでに運び込まれていた重い台座の入れ換えは大変な重労働です。こうした力仕事に私の工房スタッフの威力は絶大でした。トランシーバーを駆使した彼らのてきぱきした働きぶりが、すべての関係者に強い連帯感を生みだしていくのがわかりました。
 初めの二日間は70個近い展示台の移動だけでてんやわんやで、どんな会場になるのか誰も予想がつかない状態でした。また作品の位置を変えるということは、展示と併せて行われる照明計画も次々に変更を余儀なくされるわけで、照明担当のご苦労も大変でした。しかし三日目から急に全体の様子が見え出しました。木彫作品が台座に乗せられ、大まかな照明もできてくると、山田裕隆館長や広報担当のノロワ女史だけでなく、事務方や電気設備、庭師兼守衛夫妻など展覧会を裏で支えてくれる人たちから歓声が聞こえてきました。8日になるとみんなで会場をぐるぐる回り、それぞれが気付いたことを指摘しあって問題点をひとつづつ解決していきました。
 ここにきて大きな問題が持ちあがりました。大形の作品やインスタレーションの安全策をどうするかということです。私たちは、日本のように砂利を敷けばそのなかには踏み込まないと思っていたのですが、山田館長は、それだけではパリの観客には通用しないだろうと心配顔でした。そこで結界を手作りすることになりました。大澤氏はホームセンターから松材の丸棒を抱えて帰ってきました。そして、守衛さんから電動の丸鋸を借りて、工房の面々の結界作りが始まりました。しかし丸棒を組んだ結界では違和感のある作品が何点かありました。大澤氏は再び材料探しに出かけて、今度は組み立て式のテーブルの脚だけを買い占めてきました。それに四角いベニヤ板をビス留めしてさかさまに立て先端を鎖で繋ぐと、笑ってしまうほどよくできた結界になりました。
 会場照明も既存の器具を工夫したり外光を取り入れたり、デリケートな細工が随所に凝らされ、不足しがちな機材を知恵と手仕事でカバーしながらみごとな仕上がりになりました。また井上鑑氏による会場音楽が流れ出すと、作品や会場構成と溶け合い、あちこちに置かれた伽羅の香りとあいまって五感を心地よく刺激しました。私は、疲労と時差ぼけと到達感が入り混じった不思議な気持ちで、各部屋をなんども回り続けました。そして、まだあちこちで作業を続けている仲間たちに対し感謝の気持でいっぱいになりました。

 いよいよ10日夕刻のレセプションの時を迎えました。 私は三越の中村胤男専務と入り口に並んで、お客様ひとりひとりに「ぼんじゅるまだむ」「ぼんじゅるむっしゅう」といいながらぎこちなく握手をしていきました。きっと生まれて以来の握手の総数より、この夜にした握手のほうがはるかに多かったに違いありません。
会場は満員電車さながらの混雑で、山田館長が結界を心配していたことがよく分かりました。当夜の来館者は426名を数え、通常のおよそ二倍の人出ということでした。カウントをしていたスキンヘッドの青年は「426」と表示された目盛りを嬉しそうに私に突き出して見せてくれました。
 5月末の報告によりますと、開場から三週目で入場者数は3000人に迫り、図録が380冊以上売れているということです。これは今までの記録を大きく塗り替える数字と聞きます。財布のひもの堅さでは定評のあるパリジャンが、8人にひとりの割合で高額な図録を購入していることは驚きです。

 展覧会は7月10日まで続きます。お話したいことはまだまだたくさんありますが、この続きはまた次号でおつきあいください。

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