『月刊美術』1999年9月号掲載

エトワール便り・その四

籔内佐斗司(彫刻家)

 パリの三越エトワールで行われていた「籔内佐斗司の世界・色心不二」展は、去る7月10日に二ヶ月のロングランを無事終了いたしました。
期間中の総入場者数は8562人、有料入場者比率69.7パーセント、一日平均入場者数159人、120フラン(2,500円)のカタログ販売数1276冊(在庫完売)、マスコミ掲載数41誌など当初の予想を大きく上回る数字を記録しました。また、今まで同館が行った29回のいずれの展覧会にくらべ、学生や若いカップル、そしてこどもたちのグループの入場比率が突出して高かったことが特徴として挙げられます。
 昨年、会場の下見にエトワールを訪れた際、山田裕隆館長と広報担当部長のノロワ女史に、「広報は従来の顧客に加えて、いままで来館したことのない普通の市民や小さなこどもたちへも働きかけて欲しい」と申し入れました。それは「質だけでなく量も」というあつかましいお願いでした。私が日本で行っているART FOR THE PUBLICという芸術活動と同じことをパリでも展開したかったわけです。
 私の希望を理解してくださった三越エトワールは、さまざまな困難にもかかわらず新しい方法に挑戦して下さいました。広告代理店を変え、広告塔の掲示もより人目につくところを数多く選択し、メトロの駅貼りポスターもはじめて試みられました。
 また私の友人でありパリ在住の彫刻家・ベルナールシトロエン氏も、こころよくポスター貼りや口コミボランテイアを実行してくださいました。 こうした広報の成功が、前述の結果の引き金になったことは間違いありません。
 フランスは、カトリック勢力の強いお国柄です。プロテスタントの国であるアメリカ文明の波をもろにかぶってきた戦後世代の私には、カトリックはいささか近寄りがたい印象がありました。そして「色心不二」展の主要なテーマである「仏教的世界観、あるいは多神教に繋がる汎神論的自然宗教観を、敬虔な一神教徒が許容するだろうか」そんな危惧がありました。しかし、それはまったくの杞憂でした。パリは、ほかの宗教や精神文化に対しとても寛容で、また理解しようとする謙虚さと情熱を持っていました。日本大使館広報文化センターで行った私の記念講演会での質疑応答のなかで、「あなたは、仏教徒ですか?」という質問に「私は、特定の仏教教団や宗派に属してはいませんが、仏教が説く死生観や倫理観を大切にしています。」と答えたところ、期せずして何人かのひとたちから「多くのフランス人も生活の規範はカトリックの教えに基づいていますが、今では教会に行かないひとがほとんどです。その点では、あなたと同じですよ。」「いまユーゴでは戦争が起こっているし、パリ市内でもテロや子供を狙った犯罪が多発していて、人々のこころがたいへん殺伐としている。そんなときに今回の展覧会は、われわれの精神の救いとなるだろう。」という趣旨の発言が続き、私を驚かせました。また、私の作品を通じて日本人の精神世界を知ったカトリック教会の関係者や宗教に敬虔なひとびとからも、暖かく好意的に評価されていることをシトロエン氏が知らせてくれました。
 二ヶ月の会期中に六回の陳列品解説会を行いました。一回に約40人の聴衆が集まり、およそ一時間をかけて3フロア12部屋に展示された約120の作品の解説をしました。まるでディズニーランドのツアーガイドのようなものでしたが、どの回も途中で抜け出すひとはほとんどなく、熱心な雰囲気にこちらが圧倒されそうでした。
 私は、すべての存在に「仏性」すなわち生命エネルギーが宿ることや、精神と肉体がこの世で仮に和合することによりはじめて生命体が存在すること、また生命エネルギーはさまざまな肉体を通じて再生するという「輪廻転生」など、キリスト教の教義とは相容れない考え方を率直に語りました。さまざまな世代の聴衆は私の説明を熱心に聞き、作品の観念的背景をより深く理解しようと真摯な質問が出されました。その姿から、自分たちとは違う世界観を語る東洋の彫刻家のことばを素直に受け入れ理解しようと努力していることがよくわかりました。聴衆のなかにチューリッヒの研究所で生物学を研究していると自己紹介した男性は、私が生命エネルギーを「童子」というかたちで表現していることにとても興味を覚えたようで、遺伝情報を伝達する仕組みと仏教の輪廻の考えに共通性があるのではないかと指摘していたことが印象的でした。
 「色心不二」展は、会期の最後まで来館者の出足が衰えませんでした。最終日には、531人という最多の入場者がつめかけ、アンコール(会期延長)の希望が多く寄せられたことも関係者を喜ばせました。同展がパリ市民の目にどのように映り、受け入れられたのかを、客観的に総括する作業がパリと東京で続けられています。

 なお「色心不二」展の帰国報告展が、11月9日〜20日に東京日本橋・三越本店催事場はじめ数会場で開催されます。これに先立ち、本誌で、同展の特集を組んで頂く準備が進んでいます。どうぞお楽しみに。

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