『月刊美術』2001年2月号掲載

大仏師・定朝

籔内佐斗司(彫刻家)

 日本人なら、すぐに連想できる「ほとけさま」の姿があります。薄い衣を身にまとい、まあるいお顔に細い目で頭は細かい螺髪で被われた「円満具足」という穏やかなお姿、そして造立当初は身体中を金箔で覆われ、いまはそれが剥がれて下地の真っ黒の漆の色が見えている仏像。こうしたほとけさまは、じつは平安時代の末に完成した平安和様ともいえる日本独自の造形であり、「寄せ木造り」というわが国で創案された制作技法によって造られています。そして、こういうほとけさまの形式を完成した仏師が定朝(じょうちょう)です。現代の仏師たちも、今なお基本的には平安時代末期と同じ比率と技法を用いて仏像を作っています。定朝スタンダードは、千年も続いているわけです。私はこの大仏師・定朝を、彫刻家としても、また偉大な組織経営者としても敬愛しています。

 定朝のすごいところは、造形上の様式を作っただけでなく、仏像の品質を落とさずに大量に「生産」するシステムを作り上げたことです。すなわち、定朝だけでなく、ほかの仏師が作っても定朝様式のほとけさまになるように技法と様式を標準化したのです。これは、近代工業の大量生産方式、特に自動車産業に例えることができます。定朝は、仏像彫刻のヘンリ−フォードといってもいいかも知れません。

勢至菩薩立像/極楽寺(八王子)
 「なむあみだぶつ」ととなえれば、誰でもが極楽往生できるというきわめて平等主義の宗教が往生思想であり、その祈願の対象は「全く同じ様相をしていなければならない」と当時の人は考えたのかも知れません。したがって、世界の信仰史上に例を見ないほど均一化された彫刻の大規模な需要が発生しました。美術史家の副島弘道さんの「運慶」(吉川弘文館)という本に、白河上皇が一生の間に作らせた仏像の数を「中右記」という文献から紹介しています。それによると、生丈六像(一丈六尺の二倍の坐像で坐高が約5メートル、立像に換算すれば約10メートル、南大門の仁王さまの二倍近い大きさ)の像を5体、丈六像(坐像で約2.5メートル、すなわち平等院の阿弥陀さまの大きさ)を627体、等身以下の仏像にいたっては六千体を越すのだそうです。同じ副島さんの本には、定朝が等身大の仏像27体を、約百人のスタッフを率いて54日間で作り上げたという「左経記」の記録も紹介しています。当時、仏像制作がいかに巨大ビジネスであったかが伺えます。そのパワーは、とりすました近代や現代の芸術家などひとり残らず吹き飛んでしまうすさまじさです。
 来世への旅支度として、寺院を建立し阿弥陀さまを請来しようとするひとは、それぞれの経済力に合わせて仏師たちに仏像を注文しました。それは現代人が車を選ぶ時に似ています。世界に冠たる日本車は、移動の道具としては価格によらず機能に大差はありません。ですから予算に応じて軽自動車から小型の乗用車、また中型、大型高級車と選択して行きます。目的地へ行くまでの方便としては小さな乗用車でもよいわけですが、居住性やステータス、安全性を重視すると、大型の高級車という選択になります。
供給側としてもそうした品揃えをしています。宇治の平等院の阿弥陀さまなどは、西方浄土まで乗って行くロールスロイスといったところでしょう。定朝様式の仏像は、大きさと荘厳の豪華さで差別化をはかりましたが、個々の仏像の個性をなくすことで、極楽往生の機会均等を保証したともいえます。

 定朝様(じょうちょうよう)の仏像は、日本全国で見ることができます。しかし彼自身の作と確定できる仏像は、平等院の阿弥陀さまのほかはほとんどありません。もちろん戦乱による焼失が最大の原因です。これほど高名であり後世に影響を及ぼした彫刻家でありながら、本人の作品がほとんど残されていないということは極めて稀なことです。
 定朝以降、彼の様式を踏襲した院派や円派といわれる優秀な工房も育ちました。しかし定朝様は、その造形と制作システムがあまりにも完成されすぎていたため、彼の後継者たちは、新しい様式を生み出す創造性と活力を失ってしまいました。そして次の鎌倉時代の仏像彫刻は、天平時代の造形を踏まえたベンチャー集団「慶派」が担うこととなりました。

 大仏師・定朝は、文化的にはほぼ鎖国状況のなか、貴族がこの世を謳歌した平安時代末期のもっとも爛熟した時代に、その能力を最大限に発揮しえた傑出したオーガナイザーであったと思います。

観音菩薩立像/極楽寺(東京)

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