平城遷都1300年祭マスコットキャラクターに関するお問い合わせに対する総括的なご回答

籔内佐斗司 


 先月末以来、私がデザインした「マスコットくん」が騒ぎになっておりますことを恐縮に存じます。生みの親まで思わぬ事態に巻き込まれて、いささか困惑しながらも、さまざまなことを考えるいい機会になったと思っています。

 今回のことによって、芸術活動やその成果物に対する第三者の評価について、臨場感をもって思いめぐらすことができたことは僥倖でした。

 また、いままでご縁のなかったネット社会の一面を垣間見て、びっくりしたのも事実ですし、ジャーナリズムの素材がその仮想社会から集められ、冷静な分析がおこなわれることなく数字や言葉が先行して報道されていることの怖さも感じました。

 そしてなによりもこころを痛めたことは、口にするのも憚られる言葉の刃を、見ず知らずの相手に匿名で大量に投げつけるというネット社会の暗部を知ったことでした。

 感情の歯止めが利かない小中学校のいじめが、仮想社会で成長して、現実の社会に溢れてきたという事態を憂慮しています。

 私のキャラクターに投げつけられたのとおなじような言葉に傷ついて、みずから命を絶ってしまったちいさな命があったことを思わずにはいられませんでした。

 私のウエブサイトに寄せられた投稿の内容は、おおむねマスコミ各社からの問い合わせと同様、いくつかに集約されています。そこで、今までみなさまにお答えしてきた内容を以下の項目に整理して回答させて頂くことに致します。


1)コンペに応募した動機

2)デザインコンセプト

3)批判について

4)自治体イベントのキャラクターについて


 今後、このキャラクター事業がどのように展開されていくのか、産みの親としてたいへん楽しみにしています。
 もちろん、このような話題になり、賛否のご意見が活発に交わされたことは、1300年協会にとっても望外の宣伝効果が得られたことと思います。そして平城遷都1300年祭が、今回のことを踏まえたうえで、県民のみなさまのご意見がより一層反映される形で、進められることと思います。

 なお、奈良県と平城遷都1300年協会が、極めて冷静に自信を持って今回の事態に対処しておられることに対し、こころから敬意を表します。



1) コンペに応募した動機

 私は、幼い頃から東大寺や興福寺を訪れ、仁王さまや大仏さま、そしてなにより奈良公園の鹿に親しんできました。また二十代の後半には、文化財修復のしごとで、奈良の寺々やご仏像にさまざまなことを教えて頂きました。そのおかげで、今の私があるわけです。

 今回のコンペのお誘いを受けたとき、彫刻家としての私を育んでくれた奈良へのご恩返しとオマージュの気持ちを表現しようと思いました。




2) デザインコンセプト

 キャラクターは、私が20年近く作ってきた「童子」作品の流れで制作しました。童子は、いわゆる「気」とか「魂」とか、「spirit」と呼ばれるようなものです。

 科学者は、この世の仕組みを語るとき、原子や分子、電子、素粒子などの「子」を持つ存在で説明します。わたしは、彫刻家として童子という「子」を持つキャラクターで表現してきたわけです。

 またその理論的支柱として、山川草木悉皆成仏、一切衆生悉有仏性という大自然と融和するたいへん穏やかで寛容なわが国古来の信仰の在り方を援用しています。すべての存在の背後にあるエネルギーの源として「童子」を仮想し、さまざまな姿に変化(へんげ)しながらあらゆる作用の源としたわけです。

 このキャラクターのデザインコンセプトは、平城京を造営するときに、興福寺と一体であった春日大社に、はるかかなたの鹿島神宮から神々が鹿に乗って降臨し、都を守ろうとしたという伝説に啓発されました。そして1300年の永きにわたって、この町のひとびとが神鹿としてとても大切にしてきた歴史を念頭においてデザインしました。


3) 批判について

 芸術表現に対して、受け取る側に好悪の感情が生じる場合があるのは致し方がないことと思います。芸術は、倫理的善悪よりも個人的感情の好き嫌いで評価されるものだからです。

 しかし第一印象による評価は、徐々に変化していくのも、芸術表現の常ですので、今回のことも個人的には楽観視しています。第一印象の違和感こそ、あたらしい時代を切りひらく可能性と見るべきだと思います。

 身近な芸能界でも、デビューしたときにつよい違和感を持たれたひとほど大化けした例も多いと思います。

 マスコミでは、ネット上の批判的な意見が詳細に繰り返し報道されていましたが、私の感触では、好意的もしくは擁護して下さる意見の方が多いという印象を持っています。

 いずれにしても、これだけ熱心にみなさんが賛否を語って下さるということ自体、このキャラクターが強い話題力を持っていたということだと思います。このことには、生みの親である私自身の予想を超えたものでした。


 もうひとつの争点となっていることに、投稿でも指摘されていましたが、公金を使って決められる自治体イベントのマスコットキャラクターには、個人の楽しみである一般の美術作品とはちがい、地域住民の意見が強く反映されるべきだというご意見です。そのことに私は反対する者ではありません。

 しかしながら、代議制を取っている行政の場において、行政主体が行った事業について意見がある場合は、その主体に向かって主張されるべきだと思います。
 その点で、今回の批判が、制作者にまで向かったことは遺憾に思いますし、芸術表現の自由という面で、たいへん危険なことだったと感じています。


4)自治体イベントのキャラクターについて

 ご意見のなかに、彦根市やそのほかの自治体キャラクターと比較して、私のデザインが今のキャラクターデザインの主流から逸脱しているとの批判が多かったことは、永く創作の現場にいた者にとってある意味で衝撃でした。

 今回の制作にあたって、今のマスコット業界の主流の範疇に収まるための傾向や対策を講じるということは、私は考えもしませんでした。


 数ある自治体イベントのマスコットキャラクターの範疇に入るものを制作したのではなく、平城遷都1300年祭のためのマスコットキャラクターを作ろうとしたのです。

 各地の前例を参考にして判断するのは、選考する側のしごとであることは、申しあげるまでもないことです。

 なおイベントのマスコットという性格上、着ぐるみやぬいぐるみ、各種グッズ類として立体造形になることと思いますが、彫刻家である私は、そのときこそ本領を発揮させて頂けるものと、今から楽しみにしています。


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