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伝統とわたし

籔内佐斗司(彫刻家)

私は木を素材にした彫刻の作家です。木曽のひのきを使った寄せ木造りの彫刻に漆を塗り、日本画の顔料で着色しています。そうした私の作品は、しばしば伝統的な作風と評されることがあります。日本の昔話や仏教的な主題を用いた具象的な形を作っているためでしょうか。また「お父さんも彫刻をなさっていたのですか?」というご質問もよく頂きます。

 私は、昭和二十八年に大阪の阿倍野という下町で生まれました。父は、製鉄会社に勤めていたサラリーマンで、生まれた家は小さな社宅でした。写真から想像しますと、瓦屋根の古い木造住宅で床の間もあったようです。ちょうど日本が高度成長期にさしかかるころ、父の転勤にともない、新興住宅地を転々と引っ越しました。その後移り住んだ家々は、当時の集合住宅のモデルといえる鉄筋コンクリートに鉄のドアがついたやたらに明るい中層の集合住宅でした。四畳半や六畳の小さな部屋に仕切られて、畳の部屋はありましたが、伝統的な和室にはほど遠いものでした。また核家族のはしりでもありましたから、祖父母から日常的なしきたりや習慣を教えてもらうといったこともありませんでした。
 ですから、私の子供時分の経験には、日本的なるもの、たとえば松も竹も梅も苔むした庭も、お香のかおりも障子越しのやわらかな光線も、陰影を愛でるべき床の間もありませんでした。あっけらかんと明るい思い出しかありません。
 ではなぜそのような生い立ちの私が、伝統的な作風の彫刻をつくるようになったのでしょう。じつは、そのことが私自身不思議でならないのです。
 しかし、私の作家としての軌跡を振り返ってみますと、ひととのご縁に引かれるようにごく自然に現在に至っているように思います。

 私は東京芸術大学と大学院で彫刻を学びました。恩師は現在同学の学長をなさっている澄川喜一先生でした。先生は、木やステンレスを使ったとてもシャープで近代的な抽象彫刻をつくられる作家です。およそ伝統的ではない作風ですし、また先生からそのような指導を受けたこともありません。
 彫刻に限っていうならば、現在日本中の美術大学のなかで、仏像や能面などの伝統的な彫刻技法を教えることのできるところは皆無といってよいでしょう。
 これはとても残念なことだと思います。
 大学院を終える頃に自分の将来のことを考えたとき、私はなにをしてよいのやらまったくわからなくなってしまいました。彫刻を造ることは好きでしたが、作品を発表しようと思う魅力ある団体展はありませんでしたし、自分の作品が生活費を生み出してくれるとはとうてい思えませんでした。
 芸大の大学院のなかに保存修復技術研究室という古文化財の修復を研究するコースがありました。国宝の修理を一手に行っている京都のR美術院とも強くつながっていましたので、手を動かしながら食べていけそうに思えて、あまり深く考えもしないでこの研究室に入り直しました。
 ところが、教官人事のごたごたから、なんと研究室そのものが崩壊してしまったのです。幸か不幸か、そのあとを暫定的に引き継がれた平山郁夫先生のご指示で非常勤講師に採用され、研究室の運営をお手伝いすることになってしまいました。結果的にはこのときの経験がその後の私の彫刻家としての生き方を決定づけてしまうわけです。六年間の在職中に経験した大学研究室経営のイロハから仏像修復の実際まで、じつに実りの多いものでした。
 修復をすることで平安時代や鎌倉時代の仏像がどのように作られていたかをつぶさに研究することができました。ですから私の彫刻技法は、ほとけさまから直接教えていただいたともいえます。
 その後、作家として独り立ちしてから、陶芸や漆芸、また歌舞伎や邦楽などいわゆる伝統工芸や伝統芸能の分野のかたたちとご一緒する機会が多くなり、仕事場をお訪ねしたり、代々つづくお仕事を見せていただいたりするたび、自分の生まれ育った環境と引き比べ恵まれた環境に、ためいきがでることもしばしばでした。
 最近は、京都のお茶の職方のみなさんとのおつきあいも多くなり、いままで私が知っていた世界とはまったく違った作家のありようにとても興味を覚えています。

 私の仕事場には、常に数人のスタッフが私の仕事を助けてくれています。木彫や漆塗り、彩色などそれぞれの持ち味を生かしながら、私と一緒に仕事をしています。高校を出てすぐにやってきた者や、美術大学で彫刻以外の分野を専攻してきた者などさまざまですが、幸いなことにほんとうに気持ちのいい連中ばかりです。
 また、一昨年に東京芝の青松寺にお納めした十六羅漢像のような大きな仕事が引き合わせてくれた、全国に散らばる木彫を生業とする仲間たちのネットワークも私の宝物です。
 さまざまな世代や経歴を持つ彼等とともに過ごすことは、私にとってとても楽しくよい励みになるだけでなく、教えられることも多いものです。
 伝統的といわれる芸術もその黎明期には、革新的であったり異端視されながらもしぶとく生き延びてきたものであることは歴史が証明しています。
 芸術活動とは、どんな時代にあっても次の世代に残しておくに値するものを創り出していくことであって、皮相的な個性表現や家柄と形の踏襲だけではないという思いをつよくするこのごろです。
(1996.5.15)

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