森林の教示
中埜 又左エ門 和英/ミツカングループ代表、株式会社中埜林業社長

 四月中旬、私の経営する四国の山林では、「たらの芽」の収穫が行われる。山の作業員達により丹精込めて採取され、送られてきた、採れ立ての「たらの芽」が私の家の食卓を彩る。
春の訪れを感じる瞬間である。
送られてきた「たらの芽」を見てみると、穂は小さいが、芯がふっくらとして大きなものや、芯は小さいが、力強く穂を伸ばしているものなど、育った標高や周辺の杉・檜の状況、照度の具合などで違いがあり、一つとして同じ生き方をしていない。森林は生きていること、そこには、さまざまないのちが育まれていることを実感させられる。

 さて、私が林業を始めたのは、今から約30年前に、伯父である九代竹本長三郎氏(故人、竹本油脂株式会社元会長)のお宅に両親と私共夫婦が招かれた折に、伯父から林業経営を強く勧められたことがきっかけである。
その時、伯父は、私の父に「あなたは非常に厳しい人です、息子さんが伸び伸びと挑戦できる機会を持たせてはいかがでしょう。」と言って、父の足跡のない新しい事業を自ら陣頭指揮する場として、また、時には息抜きの場として林業を勧めたのであった。

  創業にあたり、本当は植林から手掛けたかったが、結果として伯父の紹介で、既に植栽されていた山林を購入した。つまり、他人から継承したものであった。 当初はかなり苦戦したが、それでも想いを込めて丹念に育林してやると、面白いもので、それはそれなりに生き生きとした山林に変わっていくことが実感できたのである。その後も、多少手入れの遅れた山林を引き継いだ場合であっても、地道に努力してきたことにより、今、山林は立派な姿を私達に見せてくれる。
 どんなものにおいても、努力と工夫次第で、立派に成長していく。これは、大きな喜びを感じることである。
  私は「創業の喜び」と「継承の大切さ」を感じ、そしてそこに何か経営の基本を得たようにも思えるのである。

 一方で、林業経営は素材生産産業であるため、作業道の開設や間伐事業において、生産性というものを常に追い求めなくてはならない。しかしながら、その歩みが少し性急に過ぎると、山は、作業道の崩落や、林分の崩壊といったしっぺ返しをしてくる時もある。
 木材の生産は、森からの教示を乞いながら、森の恵みを頂くことであり、そこに生きる、多種多様な生物達との命のやりとりなのである。
<山と生き、水を守り、森林を育む>

(当社による間伐直後の山林:高知県本山町)

 森林が、我々に送ってくれる産物として、木材ともうひとつの双璧を成すのが水である。 私も、食品に携わる者として、水のありがたさを日々実感している。水は、すべての食物連鎖の原点でもあり、食文化の多くが、水によって培われている。

「美しい木の造形」と「清らかな水によって育まれる食品」に囲まれた暮し。それこそが、日本の伝統文化そのものであり、古来から林業は、その両方を下支えしてきたといえよう。
 今、自分がその一端を担い、林業経営が出来るということは、幸せなことであり、先達が繰り返し続けてきた山林造りに想いを馳せながら、新たな林業に挑戦していきたい。
中埜又左エ門 和英(なかのまたざえもんかずひで)
ミツカングループ代表、株式会社中埜林業社長

1950年 愛知県半田市に生まれる
1973年 慶応義塾大学商学部卒業
1973年 (株)中埜酢店入社
1977年 (株)中埜林業創業
現在、ミツカングループ代表、ミツカングループ本社代表取締役社長、
株式会社中埜林業代表取締役社長ほか。
全国食酢協会中央会 会長、社団法人日本農林規格協会 理事、
財団法人食品産業センター 理事 ほか。
ミツカングループウェブサイト

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