『月刊美術』1996年9月号掲載

ナイアガラ便り・その1

籔内佐斗司(彫刻家)

 連載の第一回です。編集部より、私の身辺におこる美術に関係したことを自由に書いてよろしいとの仰せであります。肩の力を抜いて気ままに書かせて頂くつもりでいますが、どうかしばしおつきあいのほどよろしくお願い申し上げます。

私は、6月22日から9月1日まで、アメリカのニューヨーク州ナイアガラ市のナイアガラ大学付属カステラーニ美術館というところで、「The World of Satoshi Yabuuchi-Sculptor」と銘打った展覧会をしています。記念すべき連載第一回は、このことから始めさせていただきます。
 
ナイアガラは、もちろん巨大な滝で有名な世界有数の観光地です。ナイアガラ川をはさんで北側がカナダ、南側がアメリカになります。観光地としてよく整備され日本人がたくさん訪れるのはカナダ側で、アメリカ側はちょっとさびれた田舎町という風情です。ナイアガラ大学は滝から車で10分ほど離れたとてもきれいな森の中にあります。 19世紀に設立されたカトリック系の落ち着いた大学で、アメリカでは「こぢんまりした」と形容されるようですが、日本では考えられないほど美しく広大なキャンパスです。土地柄から観光ビジネスの専攻科は評価が高いようです。米国の大学はたいてい付属の美術館を持っていて、その地域の美術を啓蒙する役目を果たしています。
この美術館も、地元の実業家でスーパーマーケットのチェーン店で成功されたイタリア移民のカステラーニさんという方が事業から引退するに際し、ご子息が通っておられたナイアガラ大学に美術館の建物と所蔵品を寄付されたそうです。
では何故私がこの美術館で展覧会をすることになったのか、そのことから説明をさせて下さい。
 ナイアガラ市の隣にあるバッファロー郡に、不動産取り引きをしている片野良吉氏という実業家が住んでおられます。彼は日本の文化がアメリカ、ことに東部で紹介されることが非常に少ないことを以前から残念に思っておられたそうです。
 たまたま日本に帰国されたときに以前からおつきあいのあった銀座の小林画廊で私の作品をご覧になって興味をもって下さり、小林社長にアメリカの美術館での展示会を持ちかけられたのでした。私は1988年にフジヰ画廊の企画でニューヨークのソーホーの画廊で個展をしたことはありましたが、美術館規模での展示会は経験がありませんでしたので、おおいに食指をそそられました。 しかし、海外での彫刻展はあまりにも膨大な輸送費のために、いままでほとんど前例がないことは知っていました。そこで小林氏と、そして以前から私の海外展を構想していたギャラリーオリムの三浦利雄氏と協議した結果、小林さんが呼びかけ人となって私の作品を扱って下さっている美術商のみなさんを中心に有志をつのり、実行委員会を組織して運営資金の拠出をお願いすることになりました。

 結果的には、私がこの業界にお世話になるきっかけを作って下さった柊美術店の杉田さん、美術倶楽部でお世話になっている村越さん、お店の屋上に私のブロンズ作品をのっけて下さっている夏目さんら業界の重鎮をはじめ27店の美術商と企業が賛同して下さることになりました。
 これは私にとって予想をはるかに上回るものでした。そして、実行委員長を小林さんが引き受けてくださり、事務局長として三浦さんが対外的な実務交渉にあたることになりました。
 いろんな準備が進むなかで、ひとつのアクシデントが起こってしまいました。それは、昨年の6月に私が仕事中に左手の親指の屈曲筋を彫刻刀で切断してしまったのです。このことについては回を改めて詳細を書くつもりでいます。ともかくこのことで3ヶ月のブランクが生じてしまい、展覧会の会期も延期となり各方面に多大なご迷惑をお掛けしたことはまことに申し訳ないことでした。

 開催の場所はいくつかの候補がありましたが、時期的なこととさまざまな条件から片野さんが懇意のカステラーニ美術館と交渉をまとめてくださったわけです。いろいろと紆余曲折もありましたが、実行委員会の会合で村越さんや夏目さんの的を得たご助言や交通整理は、さすがと思わせるものがあったことは特記させていただきます。
私は大きなプロジェクトを動かすとき、いつもいろんな持ち味を持つたくさんのひとたちの力が結集することのすごさを実感します。
 1993年の高島屋をはじめとする全国6会場を巡回した「籔内佐斗司の博物学的世界展」のときもそう思いましたし、石川県加賀市の私の作品がたくさん並べられたテーマパーク「うるし蔵」や東京愛宕の萬年山青松寺の「十六羅漢像」を造ったときもそうでした。
 そして今回の米国展でも、たくさんのひとたちがアメリカと日本でひとつの目的に向かって動きだしたのです。 

十六羅漢像/青松寺
なにはともあれ6月21日夕刻、大学主催のオープニングレセプションが約三百人の招待客を迎えて盛大に開かれました。合衆国議会下院議員のラファルス氏、ニューヨーク州議会ピリットル氏、ナイアガラ市長代理氏などのご挨拶を頂き、また思いもかけず合衆国議会よりGreat Seal of The United Stares(米国の国章を印刷した褒状)を私に、ナイアガラ市よりMayor’s Award for Community Sevice(地域貢献に対する市長賞)が小林氏と私に授与されました。そしてレセプションの様子や展覧会の紹介が全国ネットのCBS、ABC、NBCの各ニュース番組で放送され、地元の新聞にも多数取り上げられています。
今日(7月25日)の時点では、美術館始まって以来のペースの入場者数で、テレビコマーシャルの影響もあって、いくつもの見学ツアーが訪れ、毎朝開館前からひとが並んでいるといううれしい報告を頂いています。

 もちろんこれは世界のアートシーンの中心であるニューヨーク市のできごとではなく、米国の一地方都市のローカルイベントに過ぎません。
 それゆえに、いままで日本のどんな作家もしなかった草の根的なきわめてユニークな方法でアメリカの一般のひとたちを驚かせていることが、いかにも私らしいやり方だととても嬉しく思っています。
 紙数が少なくなりました。展示の内容やレセプションの様子、また展覧会のその後については次回にゆずることにいたします。
乞う御期待。


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