『月刊美術』1996年10月号掲載

ナイアガラ便り・その2

籔内佐斗司(彫刻家)

 今回は、9月1日までアメリカのナイアガラ市にあるナイアガラ大学付属カステラーニ美術館で開催していた「The World of Satoshi Yabuuchi-Sculptor」展の準備や裏方のことを中心にお話ししようと思います。
 会場であるカステラーニ美術館は、高さ6メートルの大きなメインホールを中心にガラス張りの前室と7つの小部屋からなるすっきりとしたデザインの近代的な建物です。
 私は美術館の平面図や写真によって、展覧会の中心となる作品を芥川龍之介の小説に取材した「蜘蛛のいと」にしようと決めていました。雄大な世界観をもった作品ですから日本の画廊空間ではなかなか制作のふんぎりがつきませんでしたが、今回は絶好の場所を得た思いでした。
 メインホールいっぱいにステンレスチェーンの蜘蛛の巣を張り巡らし、体長2メートルを越す大きな蜘蛛を巣の中心にぶらさげ、お尻からステンレスワイヤを垂らして、主人公のカンダタと、糸を這い上がろうとするおびただしい地獄の亡者を配した作品を構想していました。そこで鋳造会社にステンレスの蜘蛛の巣と亡者を演じるたくさんのブロンズの童子達たちの制作を依頼しました。
 展示計画を練るために実行委員会のメンバーが現地を訪れたのは昨年の10月のことでした。帰国した彼等の報告を受け、私と実行委員会は具体的な作品の選定と展示計画を開始しました。  私はブロンズ作品と木彫作品の両方を展示し、私の作品世界を総体的に展示することを主張しましたが、実行委員会側から、所蔵家から木彫作品をお借りしてアメリカまで運び2ヶ月も展示することの危険性と不経済性を主張するひとが出たり、私が選んだ作品は「童子」の作品が多く米国での展覧会にしては新鮮味に欠ける等の意見や、出資金の運用と返済方法などでも会合がつねに円満に進展したわけではなかったことを正直に記しておきましょう。そういったときに私にとってなによりもありがたかったのは、メンバーの重鎮である村越さんや夏目さんの老練な判断に基づく腰のすわった交通整理でした。

蓮のいけ

 ブロンズの大きな作品は「蜘蛛のいと」のほかに「蓮のいけ」「鳳凰にのった童子」「いぬもあるけば」「走る童子」「おんなの鎧シリーズ」などでした。
 また10年以上前の素木(しらき)の大きな人体作品を最近の作品とともに展示することにしました。これは国内でも展示したことのない初めての試みです。そして現在の私の仕事をもっともよく表している漆を塗って彩色した小ぶりな木彫作品三十余点をピックアップしました。
 全作品の重量は約3トンでしたが、しっかり梱包をし、箱詰めをすると、なんと総重量9トンの換算になってしまいました。


蜘蛛のいと

 大型の作品は直接運送会社の倉庫に運ばれましたが、所蔵家のみなさんからお預かりした木彫の小品は検品のためいったん実行委員長である小林画廊に集められました。私はその場に立ち会えませんでしたが、そのときの大変さは充分に想像がつきます。
 立体作品は、見せ方がとても重要です。私の工房のスタッフ5名や鋳造会社のスタッフが展示作業のためにそれぞれ自費で渡米し現地入りしてくれました。
 6月17日、われわれは運送会社が手配した4人の現地スタッフとともに山のような木箱をつぎつぎに開いていきました。まずメインホールの「蜘蛛のいと」や大きなブロンズ作品の設置場所を決めスタッフは分散して作品を並べていきました。
 国沢氏は、スパイダーマンと化して高所作業用のリフトを操り高さ6メートルの天井裏にもぐりこんで蜘蛛の巣を張る段取りを始めました。ふだんはアーティストをしているという米国のスタッフもカタコト英語のわれわれとともにきわめててきぱきと作業を進めてくれました。
 梱包が解かれ作品の全貌が徐々に現われると、美術館のオルセン館長やマネージャーのヤーウッド氏の目の色が変わっているのがわかりました。もっとも彼等はもとから青い目をしていますが。木彫作品の展示を始め三日目にはほぼ作業を終えるという手際のよさでした。展示スタッフの熱心な働きぶりと見事なチームワークは美術館側にたいへん好感を与えたようで、それ以降彼等に対する態度が親しみのこもった温かいものになったことはとても嬉しいことでした。

 

 アメリカはボランティアの国です。それが社会のシステムのなかに組み込まれています。今回の美術展でも、ナイアガラ大学に留学しているふたりの日本人留学生が通訳として活躍してくれました。彼女等は自発的に協力を申し出てくれたわけですが、今回の活動が大学の単位に加算されるときいています。米国側との意思疎通にあたって彼女等の功績はたいへん大きいものがありました。また美術館の案内をしているひとたちも地域のボランティアです。子供連れの見学者に「背筋を伸ばした温かさ」といえるような接し方でひとつひとつの作品の解説をしているのには感心しました。日本の美術館ではめったに見かけない光景です。


かえる(ブロンズ)

 展覧会がとても好評で、予想をはるかに上回る入場者に対応するため、美術館では急遽18人の案内ボランティアを追加したとオルセン館長が手紙に書いてきました。私は展覧会を私個人の作品を陳列するためだけでなく、作品の源泉ともなっている東アジアの精神世界を知ってもらおうと思い、作品の多くに英文の解説パネルを作って掲示しました。
 結果的にはこれがとても効果的で、レセプションのときにも足をとめて熱心に読んでいる人がたくさんいましたし、解説の内容をふまえたうえでの質問をいくつも受けました。
 今回の展覧会は、実行委員会のメンバーや後援企業のほかにも、たくさんのひとたちが知恵を出し汗を流し身銭を切って協力して下さったおかげで実現したことをご報告しておきます。


うさぎ(ブロンズ)

福禄寿童子
 



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