『月刊美術』1997年6月号掲載

パソコン

籔内佐斗司(彫刻家)

私は機械音痴です。それもきわめて重症です。
何度教えてもらってもマニュアル操作のカメラの扱いがわかりません。テレビとビデオの切り替えも、リモコンのボタンをいろいろ押しているうちにたまたま画面が変わってくれるのを期待するありさまです。幾度劣等感に涙したことか。

 そんな私がパソコンを購入したのは三年前のことでした。コンピューターに詳しい古い友人が経営している事務所を訪れたとき、ずらりと並んだパソコンのデイスプレイを見て「かっこいいな」と思い、「ひともすなるパソコンをわれもしてみんとてはじめるなり」、購入の動機はその程度でした。 私の希望を聞いて友人が機種を選定してくれました。私がわかるのは値段だけです。判断にこまると「値段の高い方」にしておきました。二週間ほどしてたくさんの機材が運び込まれ、お店のひとが手際よく組み立てていくのを遠くからそっとのぞいていました。機械前面のすっきりした感じやおしゃれなかじりかけのりんごマークとはうらはらに、後側のごちゃごちゃとからまったコードがこの機械の怪しさを象徴しています。

 販売店のインストラクターがにこやかにやってきて、いろいろ説明をはじめました。そのうち、私の反応を見て不安になったらしく、「えーと、実際に操作をなさるのはどなたでしょうか。」
 まわりを取り巻いていた工房のスタッフはいっせいにあとずさりを始めます。私はファミコンゲームが大好きという一番若い十代のE君を担当者に指名しました。「これだけの環境(機器とソフトがそろっている状態の程度をこういいます。)がそろっていれば、あしたからでも一流のデザイン事務所がはじめられますよ。」というセールスマンの笑顔の奥には「操作できればね。」と書いてありました。


好日童子


反骨屋あかん兵衛

 その後のE君の上達ぶりには目をみはらされるものがありました。工房のしごとが終わったあと、彼ひとり夜更けまでパソコンの前に陣取って、つぎつぎと操作を覚えていきました。ディスプレイのうえに現れるポインター(画面上で操作を行う場所を指定する矢印でマウスで操作します。)を移動させるスピードが日に日に速くなっているのがわかりました。
 私たちの世代は、分厚いマニュアル本をめくりながらきまじめにたった一つの正解を探そうとします。そしてたいていは途中で投げ出してしまいます。しかし、19歳のE君は画面上のそこらじゅうをポインターでアタックし続けていつのまにか操作をマスターしていったのでした。
 私はといえば、たまにひとりで恐る恐る操作していて画面がフリーズ(凍結、動かなくなってしまうこと)したり、恐怖の爆弾マーク(誤操作の連続による記憶回路の破壊を回避するための最終警告)が出たあとの修復などは彼の出番となります。
 しばらくのあいだわが工房のパソコンはE君の独占物となっていました。
 そんな私に転機が訪れたのは一昨年の夏、左手の腱を切断して約三ヶ月間彫刻のしごとができなくなってしまったときでした。E君の教えを受けながらパソコンのワープロソフトを使って住所録を作りはじめたのです。その後、画像処理のソフトを使って作品の写真を取り込んだり、原稿を書いたりイラストに色をつけたり、ひとりで結構遊べるようになりました。

 いまもこの連載をはじめ原稿はすべて両手の中指二本でキーボードをたたいて書いています。「中指の魔術師」と自分で呼んでいます。また、挿し絵も下図をスキャナーで取り込んで修正はフォトショップというソフトで行っています。
 最近では、出張に行くときなどノートパソコンをかばんに入れていきます。車中でパソコンを使って原稿を書いたり書類を整理したりしているとあっという間に二時間くらいはたってしまいます。私のキーボードの操作スピードと頭の回転速度がちょうどいい具合に同調しますので、原稿書きがとてもスムーズに運びます。  
 しかし、画面に現れる文章や画像には現実感が希薄です。画面上で丁寧に誤字を拾ったつもりでも、紙に印刷してみるとすぐに文字の間違いや変ないいまわしを見つけてしまいます。いろんなホームページの買い物情報をのぞいてもいまひとつ購買意欲が沸かないのは、そんなところに原因があるのかもしれません。カタログ雑誌や折り込み広告のほうが私には現実感がともないます。機械が進歩するのが先か、ひとが慣らされるのが先か興味のあるところです。

上向き童子


座敷童子 

 パソコンやインターネットの現状を批判するのは簡単です。ブームに躍らされている一面もあるでしょう。しかしかつてアルビントフラー氏が「第三の波」で予言したことを政治家や官僚がほんとうに理解していたならば、ハイビジョンの失速や金融・証券市場、情報産業のシステムの立ち後れは回避されたことでしょう。
 世の中はインターネットによる通信メデイアの大変革におおわらわです。しかし、つぎのまったく別の大きなうねりは水面下でもう着々と始まっているのだろうなと思います。指導者の創造力や先見性と、ビジョンを現実化する意志の大切さを、キーボードをポツポツと押しながら痛感します。


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