『月刊美術』1997年9月号掲載
蛍光灯
籔内佐斗司(彫刻家)
光線には、色温度というものがあります。 物体の温度ではなく、発光体の色味を数字で表わしたものです。赤が一番低くて、燈赤、黄、青、紫、白の順番に高くなります。 線香の火は赤、ろうそくは燈赤と黄、ガスの炎は青、電気溶接の色は紫、太陽は白というと色と温度の関係がご理解頂けるでしょうか。
一般に蛍光灯の色温度は高く紫外線が多くて、ちょうど昼間の光線に似ています。 色温度の高い光線の照度を落していくと、ひとは心理的に不安になるそうです。ですから昼間に雲が出てきて薄暗くなると憂鬱な気持ちになります。また切れかかった蛍光灯や終電のあとの駅の照明のしらじらしい寂寥感も納得がいきます。 いっぽう電球の照明は色温度が低く、夕暮れの光やたき火の炎に近いそうです。この種の光線の照度を落していくと、ひとは安らぎを感じます。線香花火の湯玉やちろちろ燃える炭火に見入ってしまうのは色温度の低い光線の作用です。 欧米では蛍光灯の使用は工場や事務所など効率を求める仕事場の照明に限られます。それも日本のように蛍光管がむき出しなのはまれです。
日輪坊
そして安らぎを必要とする施設の照明は、おもに電球が使われます。とくに家庭では、部屋全体を明るくするのではなく電気スタンドによるポイント照明と天井や壁に光を反射させる間接照明が中心です。照明の心理効果が十分に認識されてインテリアデザインに反映されているためです。もちろん蛍光灯は電球より消費電力はうんと少なくてすみますし、耐久時間も長いので経済的な面ではいいのかもしれませんが、情緒や心理効果の点ではマイナス面が目立ちます。
大宝寺/愛媛
学校の美術教室や美大生が写生をするアトリエも、蛍光灯が輝いています。 将来の画家や彫刻家や映像の専門家を育成する環境として、これははたして適当といえるのでしょうか。陰影のほんとうの美しさを知らないまま、あるいはやすらぎの光線で見た事象に感動したことがないまま、蛍光灯が現われる以前のような「具象絵画」は描けないことは確かです。
アトリエに蛍光灯が入るまで、芸術家は北窓の天井から差し込む柔らかく不安定な光線のもとで制作をしました。あるいはランプやろうそくのひかりが作り出すめりはりの利いた陰影やゆらぎの色彩のなかで見つけた美しさに絵心を触発されたのであって、蛍光灯が作り出す時間の静止した光線を機械的に写しとるようなことはありませんでした。 具象表現は、画家がある瞬間にモチーフと光線が織り成した陰影と色調に琴線をふるわせた記憶を表現しようとしたはずです。光線を描こうとする洋画の世界で、最近魅力的な具象絵画が少なくなったとはよくいわれることです。いろいろな理由が考えられるでしょうが、私はアトリエの蛍光灯にもおおきな原因があると思います。 西欧流の裸婦彫刻にも同じことがいえるでしょう。裸婦と移ろいゆく自然光線が織り成す陰影と、形態の動勢の美しさを、彫刻家は灰色の粘土を用いて再現しようとしたのでした。