『月刊美術』1998年8月号掲載
ルーズソックス世代
籔内佐斗司(彫刻家)
美々丸
はやりとは、不思議なものです。人類の歴史は、はやりとすたりの繰り返しといっても過言ではありません。ヒト以外の生物にはやりがあるようには見えないところをみると、高度なコミュニケーションを持つ生物集団におこる現象で、その集団が進化するために欠かせないムーブメントなのでしょう。
はやりは、古い価値観のほころびのなかから小数の「異質」として始まります。そしてその異質が、多数者に「かっこいい」と映り、それが集団を形成したときに「ださい」となって「すたれ」ます。
また、ファッション、音楽、美術、生活習慣など生命体維持に直接関係のない分野に起こりやすいものです。はやりすたりが、時代を変えてきたことは歴史が証明しています。今様、風流、伊達、数寄、歌舞伎、ばんからなどは、いずれも当時は旧世代に反発する若者によって強く支持されたはやりもので、眉をひそめたおとなたちを巻き込んで、その後のファッションや生活様式におおきな影響を与えました。そしてその様式は時をおいて繰り返します。
前振りが長くなりましたが、今回のテーマは「ルーズソックス世代」です。
私が毎朝通りかかる道のそばに、私立の女子校があります。八時半ころが登校時間らしくて、女子高生たちが何十人と信号待ちをしているのに出くわします。昨年まで彼女らの足元はひとり残らず例のルーズソックス一色でした。ところが今年の春ころからぴったりした紺色のハイソックスの一団になりました。白いふつうのソックスも混じっているところをみると指定のものではないようで、これぞ噂に聞いていたあるブランドの紺色ハイソックスかと感心するとともに、女子高生におけるはやり・すたりのすごさを実感しました。 膝から下にボリュームを持たせるファッションは、けっしてルーズソックスに限ったことではありません。古墳時代のはにわを思い出して下さい。ゆったりとしたズボンを膝下で長めにゆわえて裾広がりにしています。軍隊や警察の儀杖隊の泥よけスパッツも形態的にはルーズソックスと瓜ふたつです。鉄腕アトムのブーツ、ひと昔前のエアロビルックやジャズダンスのレッグウォーマ−、ラッパズボンやベルボトム、そういえば、私の作品の童子の足輪も、遠目にはルーズソックスとよく似ています。
足元にボリュームを持たせるとかっこいいと感じるのは、歴史的にも実証される自然なことで、特別目新しいことではなかったのです。
ルーズソックス世代は、さまざまな問題を引き起こしておとな世代を悩ましましています。しかし私は、このしたたかで可愛気のない(?)世代こそが、新しい次の世界を作り上げるような気がしています。
睡蓮童女
ぱちんこ童子
アメリカは六十年代後半から七十年代にかけて、冷戦構造のなかで公民権運動とベトナム反戦運動、ヒッピームーブメントが次々に起こり、伝統的な価値観や家族観が崩れました。女子の貞節や家父長的な家族構成が否定され、若者は遊びや恋愛を自由に経験し始め、自分たちのライフスタイルを創り出しました。そうした混沌のなかから、現実的な人生設計のもとに学問や経済活動を自由に行う土壌も形成されたのです。クリントンやビル・ゲイツに代表されるそのような世代がいまの強いアメリカを作り上げたことはまちがいありません。その点、戦後の日本社会は、ずっと無風状態でした。特に高校生は、受験体制に組み込まれ基本的な社会常識や経済観念はもちろん、遊びや社交術すら覚える時間を持たされないまま、大学生や社会人になってしまいました。ですからいつまでも社会性が育たず、小さな枠の中で子供じみた遊びに現をぬかしています。
日本の旧体制が崩れようとするいま、ルーズソックス世代はこれまでの高校生の常識をみごとに破壊してしまいました。ロングの茶髪、細眉、日焼けサロンの小麦色の肌など思う存分ファッションを楽しんでいます。奔放すぎる性行動は親や教師たちをはらはらさせ、携帯電話を片手にたくましく情報のネットワークを築き上げて盛り場をかっぽしています。ひと昔前のことばでいう「はすっぱ」が普通となった女子高生たちは、親の小遣いをあてにするより手軽にバイトで稼ぎ、それゆえ現実的な金銭感覚と対人関係におけるバランス感覚を持っていることに驚かされます。彼らは、バブル景気のときに幼児のように浮かれ、その後のあとしまつもろくにできない「おとなたち」の情けない姿を冷静に観察しています。そして今後、もしも前向きに自分達で家庭や社会を作り出していこうと自覚したなら、彼らこそこれからの日本の社会を再構築してくれる原動力になってくれるような気がします。私はルーズソックス世代の可能性に期待しています。
天神童子
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