『月刊美術』1999年1月号掲載
うさぎ
籔内佐斗司(彫刻家)
うさぎ三態(ブロンズ)
一年が歳ごとに短くなっているように感じるのは、年齢のせいでしょうか。年号が平成になってから、昭和何年生まれと聞いても、すぐに計算ができなくなってしまい、近頃は干支を聞いて年齢を計算するようになりました。
年末に、十五年くらい前に作った懐かしいうさぎの仮面が三つばかり、箱書きの依頼でひょっこり帰って来ました。「なんで急にうさぎばかりが出てくるのかな」と思っていましたが、平成十一年は「うさぎ年」だったことに気がついて納得しました。
夜店で売っている仔うさぎの愛らしさは格別のものがあります。だれしも、手のひらに乗るようなうさぎを親にねだった記憶があるのではないでしょうか。
私は、小学生のころにつがいの仔うさぎを買ってもらったことがあります。ほんとうはリスが欲しかったのですが、なぜか二羽の仔うさぎがわが家にやってきました。うさぎは、とても神経質で心因性の消化器疾患になったり、夏の陽射しで体温が上がって弱ったりと案外デリケートな生き物です。私の仔うさぎも一月ほどで相次いで死んでしまいました。その後、東京でアパート暮らしをするようになってから、ないしょで部屋で飼っていたことがあります。二年ほど元気にしていましたが、あるとき突然下痢をし始めてぽっくり死んでしまいました。
福々卯
つき丸
うさぎは、一羽二羽と数えます。これは獣肉食がタブーであったころに、比較的簡単に捕獲や繁殖のできるうさぎを食用にするため、鳥として扱った方便だったと考えられます。うさぎは大きな耳や目が愛らしい動物ですが、その風貌に似合わず脳が小さく、人とのコミュニケーションは苦手です。際立った特徴を持った動物というのは、キャラクター化し易いのは当然です。例えば、象の鼻やキリンの首、ライオンのたてがみ、ねずみのしっぽ、などです。もちろん、うさぎの耳はその代表で、ピーターラビットやブルーナのうさこちゃんのように永遠の人気者になります。ひとは、その観念上のうさぎと現実のうさぎをつい混同しがちです。
しかし、現実のうさぎは馴ついているように感じられても、実際は恐怖で硬直しているか食べ物につられているか、また皮膚の塩気をなめているだけだったりします。かわいい歯と舌でさかんに指先にじゃれているなと思っていたら、きれいに皮だけかじられていて、子ども心に落胆した記憶があります。まあ、人間社会でも似たような経験をお持ちの方も多いかも知れませんが。濡れたようなつぶらな瞳で甘えられたらご用心を。
小学校の課外授業でうさぎ狩りに行ったことがあります。今思えばのどかな時代だったのですね。たぶん山に子供でも捕まえられるような飼いうさぎを離したのでしょう。私は金魚すくいや蝉採りなどはまったく苦手で、自分に狩猟民の血は入っていないと確信していますが、案の定うさぎには触ることすらできませんでした。その日の昼食はうさぎ汁でした。三十五年前の教育現場の常識は今とはだいぶ違ったようです。さっきまでそこらを駈けていたうさぎではないことを祈りつつも、とても美味しかったことを覚えています。すばしっこい友人が捕まえたうさぎを学校に持ち帰り、飼育小屋で飼うことになりました。
その後、私は飼育係を買って出て一生懸命世話をしましたが、そのうさぎはぶくぶくと太って全く愛想のない視線を私に投げ掛けるだけになりました。これも、やはり人間社会にありがちな図です。うさぎは私にたくさんの人生の教訓を与えてくれたように思います。
望月にあそぶ
つきもち童子
アメリカ人の友人がうさぎをバッグのなかに入れてひょっこり訪ねて来たことがあります。一人暮しの彼女は、うさぎにアンディという名を付けていつも連れ歩いていましたが、糞尿の始末をどうしていたのかは聞き漏らしました。欧米のひとにとって、うさぎは愛玩用というよりは、食料や毛皮のためか、狩猟用のターゲットと見なされます。フランスの市場で赤剥けのうさぎの死骸が店先にぶら下がっているのを見てぎょっとさせられます。また魔除けのお守りにうさぎの前足のキーホルダーをもらっても私は使う気はしません。その後友人は突然オーストラリアに行ってしまいましたが、アンディがどうなったのか気掛かりです。
卯の字は「門を開く」形といい、干支にうさぎを当てたのはよく動く大きなふたつの耳のせいでしょうか。また「万物地を冒して出づ。」という意味もあります。四月を卯月というのは、大地の下から力強く芽吹く様を、巣穴から耳を出しているうさぎの姿とも重ねたのかもしれません。卯の刻は午前五時から七時ごろの明け方を、卯の方位は東です。
経済界の長引く暗闇と冬の時代からの幕開けを予感させます。
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