『月刊美術』1999年2月号掲載

通信

籔内佐斗司(彫刻家)

 以前この連載で、私のパソコン奮闘記を書きました。機械音痴の中年男が恥を忍んで若者に教えを請い、キーボードと悪戦苦闘する悲しい実態を報告しました。それからはやいもので二年が過ぎ、私のパソコン利用もずいぶん変わりました。はじめはワープロとしての利用が中心でしたが、いまはインターネットによる通信機能も加わりました。毎日のように誰かしらから電子メール(以下メールとします。)が届きますし、以前はファックスを送っていた相手とも、メールで連絡をするようになりました。使い慣れればインターネットを使ったやり取りの方が格段に便利だと感じます。
 しかしパソコンをめぐるおじさんたちの悲喜劇はまだまだ続きます。先だっても、出版社に原稿の訂正をメールで送信したところ、たまたま先方のパソコン担当者が不在で書類が開かず、結局電話で読み合わせをするという事態になりました。

力童、歩を覆して金と成す

座敷わらし
また知り合いの営業マンは、会社から支給されたメールの端末を小学生のお嬢さんに取られてしまい、さっそうとブラインドタッチ(手元を見ないでキーボード操作をすることです。)をする彼女に自信喪失させられたそうです。

 携帯電話の普及には目を見張ります。しかし近頃の野放し状態には呆れます。若者だけでなくいいおじさんまでも、着信音があるとそそくさと会話を中断して電話に出てしまうのには困ったものです。留守電機能があるのだから、あとでゆっくり聞けばいいのにと思います。また自動車で使う携帯電話用のイヤホンを、会合の間や歩きながら聞いているひとも見かけますが、情報に対する病的な執着心を感じて気の毒にすら思えます。
 十数年前に工房を開いてまもない頃、一日に一回鳴るかどうかの電話のベルを今か今かと待っていたのは懐かしい思い出です。そのうち始終かかってくるようになると、作業を中断して電話に出るのが億劫になってきて、ファックスをいれました。大学に勤務していた友人が訪ねてきて、ファックス電話を珍しそうに触っていたのを思い出します。「ファックスを使ってみたいけど、送る相手がいなくてね。」という彼のせりふが、ちょうど今のメールの普及状況とダブります。
私のまわりでファックスのやりとりが本格化したのはここ四〜五年のことですし、携帯電話をみんなが持ち歩くようになったのはこの二年ほどのことでしょうか。通信環境の変化の激しさには驚かされます。
 電話番号と郵便番号の桁数の増加やデジタル放送の本格導入、電子マネーの実験、光通信網の整備が現実のものとなりつつある現在、商取り引きや通信手段の多くはインターネット上に収斂されていくことでしょう。最近発行した「籔内佐斗司の全仕事、For The Public - 1」の広告を私のホームページに掲示したところ、数日のうちに十件ほどの申し込みがあり、その反応の速さに驚いています。また、十二月のはじめに大阪の関西テレビが「童子の世界」という私のドキュメンタリー番組を放映しましたが、それをご覧になった視聴者の方が、早速インターネットの検索機能で私のホームページにアクセスし、メールで番組の感想をお寄せくださいました。

明日への伝言

広目天/青松寺

 しかしその一方で、文字を書く機会は決して減ったわけではありません。作品の桐箱に箱書きをしますから、普通のひとよりは墨と筆で字を書く機会は多いと思います。また私信や礼状などは、下手を承知で極力万年筆で書くように心がけています。近頃は絵手紙がはやりですが、文房具に親しむという点で好ましいことだと思っています。タレントが描く実篤・志功もどきの墨絵も、携帯電話よりは文化的です。
 手書きの英文はとても読みにくいものです。欧米で早くからタイプライターが発達したわけがわかります。渦巻き模様がのたうっているような手書きの文面は、五回くらい読み返さないとおおよその内容すらわかりかねますが、クロスワードパズルを解くような楽しみがあります。
 私は外国に複雑な内容の手紙を送るとき、英国人の翻訳家に英文にしてもらっています。そんな時彼は、「親しいひとには手書きのほうがいいよ」と忠告してくれます。世界共通の大切な心遣いだと思います。年末に海外から届いたグリーティングカードを「解読」しながら、久しく会っていない友人たちの息遣いと好意を感じました。

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