『月刊美術』2000年1月号掲載
透明性
籔内佐斗司(彫刻家)
新年号にふさわしく、見通しのよいテーマで「透明性」について考察しました。
無邪鬼のあやとり
「秘すれば花なり」「陰影のなかにこそ真の美がある」としてきたわが国の伝統的美意識は影を潜め、昨今は透明性の時代です。最近では、パソコンメーカーのアップル社がiMacといわれる色鮮やかな透明樹脂を使ったおしゃれな新モデルを発売し、爆発的な売れ行きを見せて「スケルトンブーム」を巻き起こしました。
スケルトン(skelton)は、古代エジプト語の「乾いた肉体、ミイラ」を指すことばが語源で、そこから骸骨を意味し、船や建物の骨組みをもさすようになったとか。小学校の教室で使っていた大きなガスストーブの白い素焼きの燃焼筒をスケルトンといいましたが、これはうまいネーミングだとこども心に思いました。 もちろん英語のskeltonには、透明という意味などありません。三十年以上前、プラスチックモデルの人体標本や戦闘機、レーシングカーなどで、透明なボディで覆ったものが「スケルトン(骸骨)モデル」として発売されました。そして少年だった私も「透けるトン」と思い込んだぐらい語感がぴったりでしたから、「スケルトン=透明」というイメージが今だに定着しているようです。
腕時計にも、スケルトンモデルがあります。それは時計メーカーが、自社の技術力がいかに優れているかをアピールするため、部品を極限まで削り込んで美しくデザインし、その芸術的なムーブメントを裏からも表からも見通すことのできるようにした「骸骨モデル」です。磨き込まれた歯車やぜんまいが複雑に忙しく動いているさまを見ることができるのはメカ好きにはたまりません。最近は裏蓋にガラスを使ったシースルーバックも大はやりです。機械式だけでなく、廉価なクオーツ時計のものまであるところを見ると、時計好きの覗き見趣味は、洋の東西や貧富を問わないようです。
建築業界でも「透ける建築」がブームでした。石造りやコンクリートの重厚な印象と正反対に、重さや存在感すら希薄な総ガラス張りのビルが建築雑誌に盛んに取り上げられています。都心では有楽町の東京フォーラムが筆頭にあげられますし、私の作品を設置させて頂いた宮城県白石市の文化体育活動センター「ホワイトキューブ」などもその代表例でしょう。大きなガラス板を接続して巨大な壁面を作り上げて行く新工法も開発されたと聞きます。ブームがテクノロジーを進化させたよい例といえます。
栄螺の童子
火の車童子は負けない
冷戦時代、ソ連を中心とする東側は、国内の実情を外国どころか自国民にすら知らせることをしませんでした。それと対照的に西側は、露悪趣味とも思えるくらい自国のリーダーの醜聞や政争を報道しました。また経済の動向や農作物の作柄などもすべてオープンにしてきました。その結果、東側は自浄能力を失い内部崩壊を遂げ、西側は新陳代謝を繰り返し活力を維持することができました。そして開かれたマーケットは国境を超えたビジネスを飛躍的に成長させました。 テレビで、料理人が調理場で繰り広げる修羅場をショーアップする番組がつぎつぎヒットしました。本来は裏方であるべき調理場を見せるスケルトンショーとでも呼びましょうか。若者に、職人の世界を垣間見せた功績は充分に評価できるでしょう。
また私はめったに病院へ行きませんが、たまに医師にかかると、懇切丁寧に治療の内容や投薬の説明をされます。これがよく耳にする「インフォームドコンセント」かと医療の透明性の進展に驚かされます。政治家の資産公開のニュースも、年中行事として定着しました。嘘か真か知らねども、政治家先生の台所は案外火の車であることがわかり、ちょっと気の毒にすらなります。
美術品の値付けを非公開市場で行ってきた美術商たちが、いつのまにか顧客に価格決定を委ねる公開オークションを始めて久しくなりました。永田町や建設業界、金融業界、大蔵省、警察などの密室談合体質がマスコミによって白日のもとに曝されています。時代の趨勢とはいえ、あらゆる現場で「素人はだまっとれ」と一喝できる骨のある玄人がいなくなったことは、なんだか心細くうつわも小さくなった気がしないでもありません。また丸見えになった伏魔殿に蠢く姿が、卑しく矮小なほど、見せられる方はしらけるばかりです。これからは、見通しも風通しもよい状態でこそ、光り輝く本物のカリスマが求められているのです。
釈迦面・孫悟空
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