みなさん、こんにちは。ただいまご紹介をいただきました籔内佐斗司です。今日は、おいそがしいなか、たくさんの方にお集まりいただき、ありがとうございました。
講演の段取りは、お手許のレジュメの通りでございます。どうぞ最後までお気楽にお過ごし頂ければと願っています。
ではまず、20分ほどのビデオをご覧ください。これは、1999年に開催いたしました「籔内佐斗司の世界・色心不二」という展覧会を記念して制作したものです。会場はパリの凱旋門に面した三越エトワールというギャラリーでした。ご覧頂くビデオは、メイン会場のパリ三越エトワールの展覧会会場と、その帰国展をした日本橋の三越の会場を撮影したものです。
ビデオを観ながら、作品の説明をしてまいります。ではどうぞ。
〜ビデオ上映〜
ビデオは以上です。
このあとは、お手元のレジュメの第2部の要領で進めていこうと思います。
私は、現在は木彫作家ですが、二十代のころに東京藝術大学大学院の保存修復技術研究室というところで、古い仏像の技法研究と修復のしごとをしていました。そのときの知識と経験が今ご覧頂いた作品の原点になったわけです。ちょうど、この4月から16年ぶりにまた東京芸大にもどりまして、大学院の文化財保存学で、古典彫刻の技法や修復の研究をすることになりました。この分野は、みなさんのおしごとにもおおいに関係することと存じますので、のちほどご質問やご提案などを頂けましたら幸いです。
私は、日本の文化を代表するキーワードは「木」だと思います。私たちのこころのなかや生活から「木」が失われるということは、私たちが受け継いできた文化の消滅を意味すると言っても過言ではありません。しかし、この数十年の高度成長期の時代、わたしたちの身の回りからどんどんと木と木の文化は消えつつあります。わたしはそのことに強い危機感を感じています。
私は昭和28年の生まれですが、小学校のころに完全給食が実施された世代です。そこで使われたアルミのお椀やスプーンの感触が大嫌いでした。そして外国の人から聞いた話ですが、日本人が食事のときにスプーンをさかんに使うのをとても幼稚に感じるそうです。西洋の食事マナーでは、ナイフとフォークが基本で、スプーンはスープを呑むか、フォークに添えて補助的に使うだけのようです。中国人も、レンゲはスープを飲むもので、決してチャーハンを食べるものではないと言います。こうした日本人の奇妙な食事作法は、学校給食のあのスプーンによるものといえます。
そしてずいぶんまえから指摘されているように、今の日本人のお箸の使い方が、でたらめになったこともつながってくるのでしょう。子供時代の感覚が鋭敏な時期に、木の箸と、漆や陶器などの食器を唇と肌で感じなかったことも、味覚だけでなく日本人の感性を大きくゆがめることになったのだと感じます。
そこで本日後半の大きなのテーマは、「木の文化と造形」にしました。みなさんのご参考になることがすこしでもあれば、今日やってきた甲斐があります。
さて各論に移ります。
1)「木の文化と造形フォーラム」について
わが国の「木の文化と造形」は、日本人だけのものでなく人類が共有すべき文化遺産のひとつです。そして、これを守り育てていくことは日本人の責務であると私は考えています。
しかしながら、さきほど申しましたとおり、今や「木の文化」は、日本人のこころの分野から日常生活全般にわたり消え去る寸前にあります。そして「木の造形」は、木工技術者の保護育成にとどまらず、林産業や周辺産業からユーザーまで含めた総合的な保護策を緊急に必要としています。これは皆さんの業界でも同じ事ではないでしょうか?
そして森林資源をさまざまな産業と結び付け、その収益でふたたび森林を育成するとういう循環システムを取り戻すことによって、日本の文化と社会システム全般を考え直すことにも繋がっていくでしょう。
日本人が、「森林の恵み」を放棄して外国から輸入した「鉱物資源」を産業基盤にしたことは、20世紀後半に経済的な大繁栄を齎しましたが、同時に「日本の文化」とともに「日本人のこころ」を捨て去ることにもなりました。21世紀になって、多くのひとびとが「コンクリートと合成樹脂の文明」から「木の文化」へ回帰すべき時期にあることをひしひしと感じているのではないでしょうか。
「木の文化と造形フォーラム」は、この趣旨に賛同し危機意識を共有できるひとたちが、官民を問わず、また宗教界や産業界などひろい分野から、各々の知恵と経験と技術を持ち寄り真摯に交流して、日本の「木の文化と造形」を守り育てていこいうとする「語らいの場」を目指しています。
その活動目標を、お手元のレジュメにも書いておきましたので、ご覧ください。またこのフォーラムが、シンポジウムやイベントを開催するときには、全宗協を通じてみなさまにもご連絡をさせて頂こうと思います。
定義;
ここでいう「木の文化」とは、木に囲まれて培った宗教や思想、文学、芸能、風俗・民俗、生活環境、産業などを指します。また「木の造形」とは、木(あるいはそれに類する竹、漆、紙、染織などの植物系素材)を用いて制作された美術工芸品、建築、造園およびその技法の総体をいい、それらを支える治山や林産業、道具や材料などの周辺産業も含みます。もちろんみなさんが扱っておられる宗教用具はその代表的なものといえましょう。
フォーラムの活動;
「木の文化」を育んだこころと環境の検証と再構築
「木の造形」技術者の情報交換および親睦を深める会合
「木の文化と造形」に関する「ひとともの」の情報センターの設立と運営
「木の文化と造形」の体系的研究と技術保存や文化財保存への提言
「木の文化と造形」に関わる産業の健全な発展の支援
「木の文化」を子供たちに伝える運動
森林の保全と林産資源や周辺素材の保存と育成を支援する
「木の文化と造形」に関わる新しい技術や素材の開発
日本の「木の文化と造形」を海外に広く紹介する
世界の「木の文化と造形」に関する情報収集と関係者の交流
上記の活動を広く発信するための会合、催事、出版、広報活動などを行う
2)芸術大学と連携し大いに活用しようという提案
皆さんが日ごろ行っておられる寺院の荘厳のお仕事は、宗教的空間のデザインと制作ですが、はたしてこれが現代に、あるいはこれからのひとたちの美意識に合致しているかどうか、いささか疑問に思うことがあります。
荘厳とは、この世ならぬ驚きと感動をひとびとに与えなければなりません。しかし寺院に飾られている金箔に彩られたきらびやかな天蓋や荘厳具また欄間などに、現代人が我を忘れ驚嘆しているでしょうか?実際は、国内外の高級ホテルや劇場にはもっと刺激的で豪華で洗練されたインテリアデザインがたくさんあります。また宝飾店にいけば、若いひとでも宝石や貴金属を手にし買うことができます。これは、ほんの50年まえには想像もできなかったことです。また現代人の多くが求める癒しの空間という意味でも、現代の寺院が機能しているかというと疑問です。
現代人の寺院離れ宗教離れは、ますます激しくなっています。それは、信仰の形態や教義だけでなく、美術工芸や芸能・音楽の面でも今の寺院のありようが、現代人にさっぱり魅力的でないということの証明です。
一方、東京芸大をはじめ全国の芸術系大学で、真剣に現代人の宗教空間を創造しようと取り組んでいるところは皆無です。すべての芸術は、信仰の場から生まれたということを、みんながすっかり忘れています。
今日、寺院の荘厳に関わる皆さんに提案したいと思います。荘厳を発注するお坊さまがたと、実際に作業をするみなさんが、芸術系大学と連携し、これからの宗教空間を真剣に考える学問分野を作っていこうではありませんか。
この4月から、東京芸大も国立大学から独立行政法人という新しい組織に生まれ変わり、どんどん産学協働を模索することになるでしょう。これはたいへんいい機会だと思いますので、ぜひみなさんの業界からもアプローチをお願い致します。及ばずながら、私もその橋渡しができるようにがんばりたいと思っています。
3)ご仏像の修復や保存に関する情報センターと文化財診療所開設の構想について
寺院が復興される時、仏像の修理がついてまわりますが、近世の仏像修復の多くがみなさんの業界でおこなわれているようです。これは、予算の問題と文化財修復の技術者の不足、そして相互のコミュニケーション無さにも原因があると思います。そして、いわゆる「仏壇屋さんの修理」が、文化財保護の見地から、たいへん困ったことだと言われ続けているのです。
文化財保護法のもとに行われる重要文化財、国宝などの修復には、以下の三大原則に留意しなければならないことになっています。
【文化財保護法下における文化財修復の原則】
1)現状維持修理(歴史を刻んできた現在のお姿をできるだけ尊重しよう)
2)当初部分の尊重(やむをえず現状を変える時には、最初に作られた部分を極力残し、失われた部分を補う際は、当初の様式にならおう)
3)可逆的素材の使用(また修復の機会があるときを想定し、新しく付け加えられた部分や素材を除去出来るように、取り返しのつく修理をしておきましょう。)
しかし、この三原則通りに修復しますと、どこを修復したのかわからないという不満が出てきます。そして、せっかく新調した寺院のインテリアにはみすぼらしく見えてしまうおそれもあります。しかし、だからといって仏像本来の良さをそこなったり、時代的特徴もわからなくなるような分厚い泥地彩色や、ぴかぴかの金箔貼りでは、目の肥えた現代人の信仰対象にはなりえませんし、耐久性にも疑問が残ります。この点は、たいへんデリケートな部分ですが、ぜひ真剣にみんなで考えて、折り合いを付けていきたいものです。そしてさきほどのフォーラムがそうした研修の場になれることを願っています。
重要文化財も指定外の仏像もどちらも、私たちのこころのよりどころであり、日本文化の大切な要素であることに違いはありません。芸大の文化財保存学では、学生たちの教育研究のために、保存修復処置を必要としている仏像を探しています。もちろんすべての物件について、作業が可能なわけではありませんし、経費もかかることですから、受け入れる際のさまざまな問題を克服しなければなりません。
しかし私は、そうした仏さまの情報を収集するセンターやご仏像の健康診断や応急処置ができるような診療所を作りたいと思っています。ぜひ全宗協と加盟各位のお力添えをいただけたらと考えています。
みなさんの情報網のなかから緊急に修復を必要としている仏像や、修復のご相談やアドバイスを必要とされる方があれば、どうかご一報頂きたいと思います。
そのための窓口を近いうちにインターネットウエブサイトに開設いたします。その時は全宗協の広報を通じてお知らせできればと考えています。なんだか怪しげなセールスマンのようになりましたが、安田理事長、ご協力のほど、なにとぞよろしくお願い致します。
最後になりましたが、
展覧会の宣伝をさせて頂きます。今年の4月3日から5月4日まで、お仏壇のはせがわ銀座店で、「花祭りによせて」と題した展覧会を予定しています。
また来年の桜の季節には、京都の醍醐寺霊宝館と桜の庭園で「籔内佐斗司展・密教の世界」を開催いたします。お暇がありましたらぜひお出かけ頂きたいと思います。
私のホームページアドレスの名刺も置いておきます。展覧会情報などが満載の賑やかなホームページですから、こちらもぜひのぞいてみて下さい。また本日は、会場の外で、私のグッズや書籍なども販売しています。ちょっとお立ち寄りいただけると幸いです。
では、講演につきましてご質問などございましたら、遠慮なくお手をお上げ下さい。
どうも本日は、永い時間おつき合いを頂きありがとうございました。