「八勝館のぬくもり」
杉浦香代子(すぎうらかよこ)/八勝館女将

 街路樹の銀杏と分離帯の夾竹桃、そして、学校の桜の木ぐらいしか知らない少女でした。杉と檜の違いも知らないまま、日本文化の一面にある料亭八勝館に嫁ぎました。桂の木で出来た本門、檜で出来た西門、館内にある数々の銘木からは、物言わぬ閑けさを感じました。街の中心地で育った私には、時間が止まってしまっている処というのが第一印象でした。
 三月に嫁いだ私は、今でも庭の木の芽が薫る頃、木々の活力が漲り勢いを感じる春が一番大好きな季節です。


八勝館は、明治の十年代に材木商が別荘として建てた屋敷です。木曽の豊かな山々から運ばれた木材で、材木商が自らのために建てたものですから、それはそれは良い資材で建てられているそうです。当時の建物は、すべて茅葺き。傾斜のある土地に建っておりながらも、何のくるいもなく、大地震にも耐え、今だ木の良い味わいを出しながら、日々お客様を暖かくお迎えしています。

 「御幸の間」の話しを致しましょう。御幸の間は、昭和二十五年に国体が名古屋で開催された時、昭和天皇・皇后両陛下の御宿泊所として建てられました。堀口捨巳先生の設計であり、翌二十六年に日本建築学会賞を戴きました。木造の増築で、しかも数寄屋造りの建築が選ばれるのは全く異例であったと聞いています。床框の四間が真っ直ぐで、節のない杉の材は、数百本の中から選んだそうです。桂離宮の笑意軒の意匠の下地窓、襖に貼られたインドネシアの古代裂、また東側に大きく張り出した観月台などは、実に特徴的であり、御幸の間の大きな魅力になっています。また、南側と東側が窓であるため大きな開放感があり、とにかくすべてがゆったり割り付けられ、木の材質を感じ取るには程よい寸法で、不思議な空間です。御幸の間に一人佇むと、コンクリートの中で育った私であっても、日本人であることに喜びを感じ、木のぬくもりを全身で感受します。

私のように日本文化に関して思い出す物のない人間でさえ、その良さと木の暖かさに愛しいほどぬくもりを感じます。私共に出来ますことはほんの小さな事ですが、それが日本文化、木の文化を守っていく事にお役に立っているとすれば幸せに思います。
八勝館を訪ねてきて下さるすべてのお客様に、この素晴らしさを感じて頂けたらと願って、日々努めていきたいと思っております。


杉浦香代子(すぎうらかよこ)
八勝館女将

1961年 愛知県名古屋市中区に生まれる
1984年 お茶の水女子大学卒業
(株)東海銀行入行
1986年   〃  退行
1987年 八勝館に嫁ぐ

料亭「八勝館(はっしょうかん)」
〒466-0834
名古屋市昭和区広路町石坂29
tel052-831-1585
fax052-832-5630
http://r.gnavi.co.jp/n009400/
名古屋市昭和区の通称八事の閑静な住宅街にある老舗料亭。4000坪の敷地にわずか10室の客室で、どの部屋からも野趣あふれる美しい庭園を眺めることができる。館内には、北大路魯山人の器がさりげなく飾られている。

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