木の文化をさぐる
小原二郎 / 千葉工業大学理事
 日本の造形文化は、建築も彫刻も工芸も木を基調にして成り立っているが、それらはいずれも木のいのちを生かそうというところにねらいがあったといってよい。それを私は昭和の最後の宮大工といわれた故西岡常一棟梁(文化功労者)との長年にわたる交流の中から学んだ。私はそうした木の魅力にひかれて深入りしたが、考えみるとそれは日本人の誰もが肌を通して感じ取っていることであった。ただ機械文明の大きなうねりに押し流されて、忘れ勝ちになっていただけのことだと気がついたのである。
 いうまでもないことだが、人間はもともと自然の中の一部分でしかない。それなのに自然科学の進歩の波に乗って、人間中心の考え方になった。そのため思考方式も専門的、部分的に細分化して、總合性に欠けていたうらみがあったように思う。もし私たちに昔の祖先が持っていたような山川草木のすべてに、霊性を感ずるような素朴な感覚が失われていなかったら、環境破壊や公害も、これほどまでにひどくはならなかったであろう。いま私たちに強く求められているのは、人間中心の偏狭な考え方から脱して、植物とも動物とも共に生きていく叡智を持つことであろう。

 ところで最近、木のいのちを知ることを必要とするもう一つの理由が出て来た。それは木材生産の事情に大きな変化がおこったことである。先の戦争によって禿げ山になった国土は再び緑に覆われたが、山林は適度の間伐をしないとモヤシ林になって有用な木材は得られない。だが人件費の高騰で山の手入れができないために放置されたままの山林が増えている。そのために現在私たちが使っている木材の八割は輸入に頼っているのである。
 国の行って来た営林事業は縮小されて、環境保全と水源涵養を目的とする森林管理業務に変わった。そして伝統ある林業地でさえも庶民の住宅は輸入材で建てられるようになった。木材供給の側においても大きな変化があったのである。国産の銘木を使う話は夢物語りになりそうだが、輸入材にもそれぞれの固有の特性があり、それなりの美しさも持っている。それを見出して新しい木の文化を創出していかなくてはならない。それにはまず伝統の木の文化のルーツを探る必要がある。今こそその時期であろうと私は思う。

小原二郎(こはらじろう)
千葉工業大学理事

1916年、長野県に生まれる
京都大学卒業、農学博士
千葉大学工学部建築学科教授、工学部長を経て名誉教授、千葉工業大学理事
人間工学、住宅産業、木材工学専攻
日本建築学会賞、藍綬褒章、勲二等瑞宝章
日本インテリア学会名誉会長ほか
著書「法隆寺を支えた木」(共著、NHKブックス)、「日本人と木の文化」(朝日新聞社)
  
「木の文化をさぐる」(NHKブックス)ほか

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