山川ハ国ノ本ナリ
舩橋晴雄(ふなばしはるお)/シリウスインスティテュート株式会社代表取締役


 この「木の文化と造形フォーラム」の話を伺って、ふと、トルコのアンカラへ国際会議があって行った時のことを思い出した。もう20年くらい前のことである。イスタンブールからバスで何百キロと走破する。車はボスポラス海峡を越え小アジアの内陸部に入ると、広漠たる原野と山々が連なっているアナトリア高原である。昔は隊商の宿場町だったのか、ほぼ同じようなインターバルで小さな町を通り抜ける。丘や野には一本の木もない。木は宿場町にわずかに植えられている程度である。
このアナトリア高原のほぼ中央部にアンカラがある。ローマ時代からの町だ。従って、コロッセオがあり神殿があり、テルモ(浴場)などがあった。テルモは温泉ではない。燃料は薪で周りの森林の木を伐り倒して使っていたという。それを何千年と続けて遂に一本の木もない景色になってしまったのである。かの地において「文明」とは木を伐り倒すことであった、その文明が行きづまっている。地球環境の破壊は深刻となり温暖化への対策が焦眉の急となっている。
 ひるがえって我が国を考えてみると、言われるように日本人は木とともに生きてきた。森を守り木を育て木を使い木に育てられてきた。


熊沢蕃山像

江戸初期の儒者熊澤蕃山の言葉に「山川ハ国ノ本ナリ」というものがある。即ち治世の根本は治山治水にあり、山を治めることが水を治めることとなる、山を治めるとは、山に木を植えることだという考え方だ。その実践として蕃山は、どのような山にはどのような木を植えたらよいのか、植林の具体的手順はどうしたらよいのかなどを説いている。その「知行合一」思想の一つの表れである。

 今日の日本人の大きな問題は、われわれ日本人が長い間培ってきたこのようなものの考え方、生き方といったものを、あまりに蔑ろにしているところにある。わずか百年余りの西欧に追い付け追い越せというせわしない時代、背伸びした時代に、かつてわれわれの父祖が森に対して持っていた気持、木に対して持っていた愛着、そういったものをどこかに置去りにしてしまったのである。森や木で代表させているがそれはわれわれの世界観であり、人間観の表われでもあったのだ。
 現代の日本社会の抱えるいろいろな問題の根っ子に、このように自らが何であるかを掴み取ることが出来なくなった日本人の姿が思われてならない。
 しかし、悲観することはない。日本人には日本人の伝えてきた貴重な民族遺産(蕃山の思想もその一つであろう)があるのだから、それをリマインドし、われわれの父祖と思いを共にすればよいのである。
 時あたかも西欧「文明」の行きづまりが次第に明らかになってきた今日こそ、このような日本人の培ってきた自然に対する処し方が新しい人類の指針になりつつある。

舩橋晴雄(ふなばしはるお)
シリウス・インスティテュート株式会社代表取締役
一橋大学大学院国際企業戦略研究科客員教授

1946年 東京に生れる
1969年 東京大学法学部卒業、大蔵省入省。大蔵省、国税庁、外務省、環境庁、金融庁、国土交通省で様々な行政を経験
2002年 退官後、経済倫理・企業倫理などを分野にシンクタンク活動を行うシリウス・インスティテュート株式会社を設立。
著書; 「イカロスの墜落のある風景」(1983)
「鎖国の窓」(1986)
「日本経済の故郷を歩く」(2000)
「あらためて経済の原点を考える」(2001)
「新日本永代蔵」(2003)


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